ぼくは「普通」じゃないけれど、
未来に向かって歩いていける。
だってぼくは、大冒険をしたんだから。
(あらすじ)※裏表紙より
数学や物理では天才なのに、他人とうまくつきあえない自閉症の少年クリストファー。
お母さんを心臓発作で亡くした彼は、お父さんとふたり暮らし。
宇宙飛行士が将来の夢だ。
ある夜、隣の家の飼い犬が殺された。
シャーロック・ホームズが大好きなクリストファーは探偵となって犯人を捜し、
その過程を一冊の本にまとめようと心に決める。
お父さんは反対するし、人との会話もすごく苦手だし、
外を出歩いた経験もほとんどない。
でも、彼の決意はゆるがない。
たぐいまれな記憶力を使って、クリストファーは調査を進めるが、
勇気ある彼がたどり着いたのはあまりに哀しい真実だった・・・。
冒険を通じて成長する少年の心を鮮烈に描き、
ウィットブレッド賞ほか数々の文学賞を受賞した話題作。
ものすごく不思議な物語。
構成がとても考えられている。
一つのあらすじは、
クリストファーという自閉症の少年が、
隣の家の犬を殺した犯人を探す、
ロンドンに失踪した母親を探す、
という、冒険物語である。
が、その冒険物語を書いたのがこのクリストファー本人である。
つまりこの作品を書いたのがクリストファーである、という設定なのである。
その視点は未来からで、
クリストファーの大冒険が描かれつつ、
随所に特別養護学級の先生から綴り方を教えてもらいながら
その大冒険を描いていくクリストファーの姿も描かれている。
例)
数学と物理が飛び抜けてできるクリストファーは特別の試験を受けることになった。
その時の話を書こうとするクリストファー。
「これはぼくの好きな問題だった。(問題が載せてある)
そしてぼくはこの問題にどう答えたかをこの本に書こうと思った、
しかしシボーン先生はそれを書いてもあまりおもしろくないと言ったけれども
ぼくはおもしろいといった。」
結局、先生と相談し合った結果、
問題のこたえを付録に書き込めばいい、ということになり、
実際この作品の後ろに、数学の証明問題が添えられている。
句読点が本来なら句点であるべきところに、
読点を多用しているあたりも細かく配慮された技である。
クリストファーは、ネズミのトビーを飼っており、
最後のほんと最後手前まで
私はこの作品を読みながらも頭から
「アルジャーノンに花束を」が離れなかったのだが
最後の、本当に幸せなラスト数頁で、アルジャーノンはどっかいった。
心がほかほかと温かくなった。
不器用な終わり方で、不器用な綴り方だけれど、
クリストファーには本当に明るい未来が待っているような気がした。
そうであってほしいとも思った。
最初は何もできなかった少年クリストファーが
目に見えて成長していく姿は本当にかわいらしい。
ちょっと滑稽で、ちょっと哀しくて、でも愛らしい。
死んだと聞かされていた母親が実はロンドンで生きていたことを知った
クリストファーは、自分一人でロンドン行きを決行する。
駅で切符を購入するときのシーン。
滑稽で、クリストファーがちょっと普通じゃなくて、
変わった綴り方をしているのかがはっきりわかる。
コミカルで私の好きなシーンである。
そしたらその男の人がいった、「片道、往復?」
それでぼくはいった、「片道、往復とはどういう意味ですか?」
そしたら彼はいった、「行きだけなのか、それとも行って帰ってくるの?」
それでぼくはいった、「ぼくはあっちに行ったら、そのままそこにいたいです」
そしたら彼はいった、「どのくらいのあいだ?」
それでぼくはいった、「大学に行くまで」
そしたら彼はいった、「それじゃ、片道だね」
「それじゃ片道だね」に噴きました、わたし。
本作品では、「自閉症」という表現は一度も出てこない。
ただ、異様にこだわりの強い、記憶力が極端にいい、普通と違った少年
という表現である。
クリストファーは、とにかく合理的で、なんでも論理的でないと落ち着かない、
そういう少年であった。
以下は、「自閉症」という言葉を使う代わりに、少年の性質を表した描写である。
「お母さんは火葬にされた。ということはお母さんは棺の中に入れられて
焼かれてこなごなになって灰と煙になってしまった。
灰がどうなったかは知らない、火葬場でそのことをきくことはできなかった、
なぜかというとぼくは葬式に行かなかったからだ。
しかし煙は煙突から大気の中に出ていくはずだ、
だから時々ぼくは空を見あげて、あそこにはお母さんの分子があるのだと思う、
アフリカや南極のなかにあるのだと、あるいはブラジルの熱帯雨林の雨や、
どこかの雪になって降っているかもしれないと思う。」
(黄色や茶色がきらいというのはばかげているといったフォーブズ先生について)
「しかしフォーブズ先生もちょっとだけ正しい、
なぜかというとそれはやっぱりばかげていることだから。
しかし人生では、どちらかに決めなければならないことがたくさんある、
そしてもしどちらかにきめないと、ずうっとなにもしないことになる、
なぜかというと自分ができることのなかからどれかを選ぶのに
時間をぜんぶ使ってしまうからだ。
だから、なにかがきらいだとか、なにかが好きだとかいう理由があることは
よいことだ。(略)だから自分の好きなものがあればそれを選ぶことになり、
きらいなものは選ばない、そうすればものごとは簡単にいく。」
「ぼくは時間表が好きだ、
なぜかというと時間のなかで迷子にならないようにしてくれるからだ。」
とても論理的で、クールで、合理的な少年クリストファー。
常に時間をきっちり知っておきたいクリストファー。
そんな論理的で、数学・物理好きな少年でも
割り切れない心の痛みがある。
私の一番好きな、そんな「痛み」の表現。
「そのときぼくは、とても宇宙飛行士にはなれないなと思った、
なぜかというと宇宙飛行士になるということは、
家から何万キロもはなれたところにいるということだ、
そしてぼくの家はいまはロンドンで、
それはスウィンドンから百六十キロはなれているけれど、
もしぼくが宇宙に行ったら、ぼくの家はその千倍も遠いことになる、
そのことを考えると痛みを感じた。
いつかぼくが運動場のはしの芝生の上でころんだときに、
誰かが塀ごしに投げこんだ割れたびんのかけらでひざを切って、
皮膚の一部がぺろんとはがれてしまって、
デイビス先生が皮膚がはがれている肉のところにばい菌が入らないように
消毒薬で洗ってくれて泥もきれいに落としてくれたとき、
ぼくはあんまり痛くて泣いた。
しかしいまのこの痛みはぼくの頭のなかの痛みだった、
宇宙飛行士にぜったいなれないと思うととても悲しくなった。」
哀しくて、痛い、ぼくの心。
私も一緒に哀しくなった。
両眉がへの字になっていたと思う。
最初から「自閉症」の物語、と知っていたら買わなかったであろう本作品。
表紙のかわいさと
タイトルの不思議さから手にした、
数奇な(私にとっては)運命の作品であった。
たとえ途中、たいしておもしろくないな~、と思っても、
最後まで読んでみてほしい。
ラスト数頁で、本当に幸せになれるから・・・。
No comments:
Post a Comment